OMORI サニールートをクリアした感想とラストについて(ネタバレあり)

オモリ

遅ればせながらニンテンドーswitchにて、「omori」をプレイ。

 

感想を書くのは非常に野暮だとは思いますが、書かずにはいられない強烈なインパクトがあったため、僭越ながら書かせていただきます。

 

ちなみに、サニールートのみをクリアした事を前提に書いたので、ネタバレありです。

今作に興味があり、まだプレイしたことがない方は、ネットで検索せず、実際にプレイすることをオススメいたします。

 

omoriはただのホラーゲームではない

まずはゲーム全体としての感想です。

 

omoriはジャンルはホラーとありますが、加えてジュブナイル要素も大きなテーマになっている作品だと感じました。

 

例えば、映画におけるジュブナイル作品は、家庭環境に問題がある少年少女が描かれていることが多いですが、今作もそんな要素が垣間見れました。

また、ただの友情ではなく、陰鬱さがあるところも、まさに往年のジュブナイル映画のようです。

 

omoriはそれにホラーが加わっているため、「IT/イット」をどこか彷彿とさせました。

もっとも、ITでは友達全員が恐怖に立ち向かうお話でしたが。

 

今作は、罪を負った2人の少年と、その真実を知らない4人のお友達の物語。

そのお友達が光となり、陰のある主人公、ひいてはバジルを照らすという形で描かれています。

 

とはいえ、とある事件がきっかけで、友達の心は離れ離れになっている状態で始まります。

そのバラバラになった心の象徴であるアルバムの写真を埋めるとともに、その絆を取り戻すという演出は芸術的だと感じました。

 

ただ、その直後に、その感動をひっくり返すほどの暗い展開になるのは面を食らいましたが…。

それでも、最後の最後は感動的であり、こうして書くに至っているわけです。

 

ホラー要素はあくまでスパイス的なもので、友情ドラマは心を揺さぶるものがありました。

 

サニールートのグッドエンドを終えて

さて、このゲームには「ひきこもりルート」と、「サニールート」が存在しているそうです。

ひとまず僕がクリアしたのは、サニールートのグッドエンドでした。

 

本来ならばすべてのエンディングを見たうえで感想を述べた方がいいのかもしれません。

しかし、全てをクリアするとまた感想も変わるかもしれないので、現時点での印象を残しておきたかったのです。

 

というわけで、次はサニールートの結末に関する感想です。

謎が謎を呼ぶ展開で、早く続きが知りたくて、プレイする手が止まりませんでした。

そして、「ここで終わるのかぁ」というところで終わる…。

物語の続きはプレイヤーに委ねられる形式でした。

 

これが本当にハッピーエンドなのか、はたまたバッドエンドなのか、いろんな考え方が出来ると思います。

 

いろんな感想を見る中で、僕が気になったのは、「友達が許してくれるかどうか」という点でした。

 

ですので、次はラストの後を中心に、僕なりの考えを述べたいと思います。

 

許されるかどうか は重要ではない?

さて、ラストにて罪を告白した後のサニーは、友達にすんなり受け入れられたかと言えば、そうではないかもしれません。

 

いくらケルたちが友情に厚くても、たとえ表面上は許してくれたとしても、その腹の内までは分からないのですから。

 

けれど、重要なのは「許されるかどうか」ではないと思います。

もし、ここで友達が許そうが、どんな反応をしようが、マリを殺した罪は消える事にはならないからです。

 

問題となるのは、許してくれるか否かではなく、「それでも友人は支えてくれる」と信じることが出来るかどうか、ではないでしょうか。

 

恐らく、不慮の事故だったとはいえ、サニーはこれから自分自身の罪に向き合って生きていくのでしょう。

けれど、ただ1人で悩んで隠すのでは、罪と向き合う事にはなりません。

 

ですので、友達に罪を打ち明けるというのは、許しを乞うためではなく、あくまで罪を認めることが目的だと思います。

 

そして罪を打ち明けた後、サニーに出来ることは、今後も「友達でいてくれることを信じる」ことくらいしかないのです。

 

都合のいい発想のようにも思えますが、よくよく考えてみれば、「信じる」という行為は、非常に自分勝手なものです。

相手の意図とはまったく異なっているとしても、自分次第でいくらでも都合の良いように信じることが出来るのですから。

 

そして、もうこの世にいないマリすらも、自分を愛してくれていたと「信じる」ことが出来たからこそ迎えられたエンディングだと僕は考えています。

 

逆に、もし誰も信じないままだと、孤独になり、1人では生きられず、鬱を経て最悪の場合死…、という結末に至る事もあるでしょう。

実際、バッドエンドとして、サニーにはそういう未来もあったようです。

それはつまり、マリや友達が信じられず、拒絶されるのを恐れるあまり、自ら死を選んだという事になると思います。

 

「ただ他人に迷惑をかけるだけ」「自分からは他人に何もしない」、などといった自信の喪失によるバッドエンドも現実的にありえそうな事です。

 

それも罪に対する1つの答えなのかもしれません。

 

しかし、グッドエンドにおいては、サニーは自分や友達を傷つけてでも「信じる」ことを選びました。

そして罪を告白し、生きて罪と向き合い続けるというのがグッドエンドにおける答えになっていたように思えます。

 

では、どうしてサニーは人を信じられるようになったのでしょうか。

 

それは恐らく、アルバムの中の世界を通じて、帰れる場所を思い出したからだと思います。

帰れる場所がなかったら、そのよりどころを失い、何を信じればいいか分からなくなるはずです。

 

けれど、サニーにとって「自分と友達は同じ幸せを共有した」という事は、信じるに十分値するものだったと思います。

特別なことはなくても、バジルの撮影した何気ない日常の中に、幸せがあったことに気づいたのでしょう。

マリもサニーを恨むのではなく、愛してくれていたと信じることが出来たのも、その思い出の中にあったはずです。

 

しかも、ただアルバムの中にある思い出ではなく、時が経った現実においても、変わらない友情が目の前にあったのでした。

 

友達を信じることを試される

また、これは、プレイヤー自身も「信じる事」を試される面もあると思いました。

 

例えば、ずーっと引きこもっていたサニーの元に、いきなり現れたケルを始めとした友達についてです。

 

明るい性格のケルとはいえ、もしかしたら心の距離が開いていたり、よそよそしくなっていたり、偏見を持たれていた可能性もあったかもしれません。

 

また、オーブリーの姿は大きく変わっていて、もうあの頃のようには戻れないと感じる場面もありました。

 

そして、大学に行ってしまったヒロが帰省しても、すでにサニーたちへの興味を失っている場合もあったのではないでしょうか?

 

その友達が訪ねてくれる時が、まさに運命の分かれ目となっています。

作中においても、扉をノックしてくれたケルを信じなければ、サニールートはありえませんでした。

 

「拒絶されるのではないか」という怖さを覚えながらも、信じてドアを開けてみると、そこには「昔のように」優しかった友達の姿があったのです。

 

オーブリーとのすれ違いもありましたが、それを乗り越える事もできました。

久しぶりに再会したヒロも、あの頃と全く変わっていませんでした。

 

たとえバラバラになったとしても、遠くに離れたとしても、「自分には帰る場所がある」と信じられるかどうか。

それが出来たからこそ、サニーは心のドアから出る勇気が持てたのだと思います。

 

その勇気がひいては「自信」、つまり自分を信じる力になり、罪と向き合う事が出来るようになったのではないでしょうか。

 

サニーにとっても、友達はいつまでも心のよりどころであり、それが崩れないと確信している限り、きっと強く生きていけるはずです。

 

・・・というわけで、以上が僕の考えるラストシーンとその後についてでした。

 

きっと、彼らなら時が経っても、それぞれ違う道を歩んでも、気持ちはずっと変わらないと僕は信じています。

 

 

罪に対する向き合い方について

続いて、この作品における「罪」についても触れておこうと思います。

 

罪に苛まれるというのは、サニーだけの問題ではなく、僕自身としても捉える事が出来ると思いました。

 

たとえ人を殺さなかったとしても、知らず知らずのうちに、椅子取りゲームのように誰かの幸せを奪ったり、動植物や自然手にかける事実があります。

それを罪として捉えるかは人それぞれですが、僕は時々罪として感じることがあります。

 

ですので、僕としても、生きることは卑怯な事でもあり、罪でもあり、自分勝手だと思う事があります。

 

それを見て見ぬふりをし、清廉潔白でいようとする事は、結果的に生き辛さに繋がると思います。

それも一つの考え方かもしれませんが、嫌な面でも肯定し、「自分は生きていてもいい」と「信じる事」が、生きる強さになるのではないかと僕は考えます。

 

多少の図々しさや卑怯さもまた、生きるためには必要な事なのでしょう。

それに対し、罪悪感が勝ってしまえば、自害するという結末があるのもうなずけます。

 

この世界は残念ながら「楽しい事ばかり、面白くて愉快なだけ、こういう世界があったらいいのに…」というヘッドスペースのような妄想の中では生きられないのです。

 

omoriにおけるバッドエンドについて

それと、まだ未プレイではありますが、バッドエンドについてもちょっと触れます。

 

僕はグッドエンドをクリアした後、他の分岐を調べるに至りました。

そして、バッドエンドはかなりショッキングな事を知りました。

 

残念な結末があるのを分かっていてプレイするのは抵抗がありますね…。(自分が悪い)

また、バッドエンドは1つかと思ったけれど、いくつか存在しているのはさすがホラーゲー、もしくは鬱ゲーという感じです。

 

冒頭ではジュブナイルと書きましたが、様々なエンディングを見た後だと、ガラっと印象が変わるかもしれません。

一歩間違えれば最悪の結末を迎えるという繊細さも、このゲームの象徴ともいえるかもしれません。

 

あまり進んで見たくはないですが、自分の目で1つ1つ確認せずには終われませんので、いずれ見ます。

ただ、それまでの間、しばらくグッドエンドの余韻に浸っておきたいのです。

 

そして、覚悟が出来たらバックアップ用にとっておいたデータをロードし、「バッドエンド各種」を見ていきたいと思います…。

 

2週目の「引きこもりルート」をプレイするのは、それからですかね。

そして、一番最後にシークレットエンドを目指そうと思います。

 

omori ゲーム性について

さて、作品としてはとても考えさせられるし、戦闘のシステムもユニークでした。

グラフィックも申し分なく、コミカルな面もあり、その世界に浸ることが出来ました。

何より、キャラクターの1人1人に愛着が持てるようになっていて、ゲームを終えた後もいろいろ妄想は尽きません。

 

ただ、ちょっと残念なところがあるとすれば、「ゲーム性」についてです。

これはあくまでRPGという形式がとられているため、その点についてもやはり触れておきたいのです。

 

ルート分岐について

さて、このゲームを再プレイする際は、ルートの分岐点を知らないと、かなり時間をロスする事になります。

 

僕は知らなかったので、また最初からやり直すのがちょっと面倒だと感じています。

 

もちろん、分岐があるゲームだとは何となく分かっていましたが、深読みした結果、まったく関係ない場所でバックアップデータをつくってました。

ルート分岐しそうなところが多く、変に勘ぐっていたのです。

 

また、アルバム写真の並べ替えとかもフラグになるかと思い、丹念にアルバム写真をキャプチャしていました。

他にも、「ブラックキー集め」も必死にやってましたが、任意イベントだと思っていました。

なので、ブラックルームに行けた時は「自力でトゥルールートを見つけたかもしれない!」と勘違いして、ぬか喜びに終わりました。

 

もう少し分かりやすい分岐のヒントがあれば…。

 

もちろん、改めて最初からプレイすることで、新たな発見もあるはずです。

伏線を再確認することによって理解を深めるという事を想定して作られているのかもしれません。

 

戦闘について

そこで、「いざ2週目!」と言いたいところですが、残念ながらその足を引っ張る要素もあります。

それは、「雑魚的との戦闘」についてです。

 

正直、道中の雑魚敵と戦ったり、アサリを稼いだりと、それなりのRPGにする必要があったのかは疑問です。

新しい武器防具を手に入れても、あまり強さに変化が見られなかったりも。

特に、「アルティメットヌードル」というやけに強そうな武器を装備しても、強くなったという実感はなく、ガッカリでした。

 

いっそのこと、戦闘はボスキャラなどのイベント戦だけに留め、雑魚敵との戦闘はいらなかったような気がします。

実際、サニールートの後半はRPGパートはなくなり、戦闘もイベント用のみ。

せっかく集めたアサリや消費アイテムは無駄に終わります。

 

しかも、ヘッドスペースのボスも少々強かったりするので、多少のレベル上げも課せられます。

そんな面倒なレベル上げをしなくて済む程度に、ボスを弱体化してもよかったのではないでしょうか…。

 

ですので、サニールートは雑魚敵の戦闘を切り捨て、2週目でも楽できるような固定パスワードの謎解きを多めにしたり、最悪おつかいゲーでもよかったと感じます。

 

もちろん、これはサニールートだけに言える事であり、RPGパートがメインになる引きこもりルートならば戦闘を十分に楽しむことが出来るとは思います。

 

一番あれば便利なのは、レベルやスキル、アイテムの引継ぎ要素です。

単純にこれだけあれば、2週目のモチベも上がるのですが…。

とはいえ、ゲームの内容が内容だけに、強くてニューゲームだと雰囲気が壊れてしまうので、なくてよかったのかもしれません。

 

とまあ、ちょっと残念なポイントは上げましたが、逆に言えばそれくらいしかありません。

 

戦闘システム自体は、主に敵味方の感情を操作するという戦略性もあり、大いに楽しめました。

感情によって表情と能力、攻撃相性が変わるのは、このゲームが初ではないでしょうか。

 

また、フィールド画面のバトンタッチ時の1枚絵の芸も細かく、見ていて楽しい要素も満載でした。

 

omori 引きこもりルートに向けて

というわけで、omoriのswitch版、サニールートを終えた感想でした。

 

ここまで書いておいてあれですが、僕がこのゲームに触れた期間はたった3日であり、ハッキリ言ってにわかレベルです。

 

調べてみると、2014年にはトレーラーが公開されていました。

僕はこのゲームの存在を知ったのは、switch版が発売してから少し経ってからで、たまたま紹介動画を見て気になっただけなのでした。

 

ガチファンなら以前から期待をされていたでしょうし、steamの英語版からプレイしている方とかもいるでしょう。

そういう方から見ると、今回の記事はかなり拙い内容だったかもしれません。

 

しかし、それでも「感想を書きたい」と思ってしまうほどの濃さと、キャラクターの魅力の出し方や演出がとてつもなく優れているため、ついつい語りたくなってしまったのです。

 

昔から知っている友人として寄り添ってくれるケルやヒロやオーブリー、そしてなぜか助けてあげたくなってしまうバジルに、愛着を覚えずにはいられないのです。

 

それに、今後もプレイは続けていくつもりのなので、何か感じるものがあれば「引きこもりルート」の感想等も書きたいと思います。

 

あと、余談ですが、switch版は「引きこもりルート」のみに追加要素が盛り込まれているようです。

 

好奇心に抗えず、残念ながらネタバレをすべて見てしまいました。

なので、その追加要素がどんなものか知ってしまったのですが、再プレイする際は、「RPGとしてのomori」として楽しむと割り切りたいと思います。

 

また、引きこもりルートで明かされる要素も恐らくはある(はず)なので、さらなる深みを目指したいと思います。

 

というわけで、今回はここでおしまいです。

 

また別の記事でお会い出来たら嬉しく思います。

 

追記

そして深みにはまった結果がこちら