「昔は面白かったのに、最近のゲームはつまらない。」
そんな風に思うプレイヤーもいると思います。
では、そもそもゲームという娯楽はなぜ「面白い事」が前提なのでしょうか?
今回は、ゲームの本質である「課題」という視点から、面白さの正体と、自分に合う1本を見つけるための方法を深掘りしました。
Contents
そもそもゲームは「課題」を提供する装置である
まず前提として、ゲームについて整理しておきたいことがあります。
そもそもゲームは、自動的に人を楽しませてくれる便利な道具ではないという事です。
正確に言えば、ゲームはプレイヤーに「課題」を提供する装置なのです。
その課題に対し、プレイヤーが「やりたい」「達成したい」と思えるかどうか。
この両者が噛み合って、初めて「楽しさ」という感情が生まれるのです。
課題とは何か?その具体例
例えばアクションゲームを例に挙げると、主に以下の3つの課題を提供しています。
- キャラクターを自在に動かすという操作
- 複雑なステージやギミックを突破するという構成
- 強大な敵をどう倒すかという戦略
最初は簡単でも、徐々に難易度が上がっていく中で「いかにして攻略するか?」という課題が常にプレイヤーに与えられるのです。
格闘ゲーム、リズムゲーム、シューティングなども同様で、これらは「課題=ルール」と言い換えてもよいでしょう。
作られたルールの中で、ハイスコアを目指したり、相手に勝ったりするためのプロセスそのものが課題なのです。
また、自由なクラフト系のオープンワールドは「プレイヤーが課題を作ることが課題」と言ってもいいでしょう。
課題解決こそが楽しさの正体
プレイヤーはゲームの課す課題に対し、スキルを磨き、謎を解き、強敵を倒すことで先へ進みます。
その結果として得られる報酬が、以下のような感覚です。
- ゲームをクリアした時の達成感
- 自分のプレイスキルが向上したという実感
- 「攻略できるようになった自分」になれたという自己成長の喜び
つまり、課題と向き合う中で満たされる欲求や報酬があるからこそ、ゲームには「面白さ」が宿るのです。
「つまらないゲーム」とは何を指すのか?
では、逆に「つまらない」と感じる時は何が起きているのでしょうか。
それは、ゲームが提示する「課題」に対し、プレイヤーが価値を感じられなくなった状態です。
例えばRPGを例に考えてみましょう。
RPGの課題は、ミッションの解決、フィールドの探索、敵を倒してのレベルアップなどです。
しかし、プレイヤー側に以下のような欲求がなければ、すべては単なる作業に成り下がります。
- 新しいアイテムを手に入れたいという物欲
- 未知の場所を見たいという好奇心
- 強くなってボスを倒したいという復讐心や向上心
プレイヤーが課題を「面倒だ」と感じたり、その先に得られる報酬に興味が持てなかったりすれば、どんなに豪華なグラフィックのゲームでも「つまらない」という結果になります。
あくまで主体はプレイヤーであり、ゲーム側が一方的に楽しさを保証してくれるわけではないのです。
よって「ゲームがつまらない」と感じるのは、一概にゲームのせいとはいえません。
むしろ「自分がゲームに対する課題に興味がなくなった」というプレイヤー側の問題である可能性が高いと言えるのです。
マンネリ感と既視感が「課題」の価値を奪う
さらに、プレイヤーの経験値が高まるほどに現れるのが「マンネリ感」という壁です。
長年ゲームをプレイしていると、新しいゲームを始めても、
「あ、これはあのゲームと同じシステムだな」
「この先の展開は大体予想がつくぞ」
といった既視感を抱くようになります。
課題そのものが過去の経験の焼き直しに感じられてしまうと、そこから得られる報酬は目減りしていきます。
これは最近のゲームの質が落ちたというよりは、プレイヤーが多くの「課題」をこなしすぎてしまったことで、感性が慣れてしまった状態といえます。
そのため反射的に「最近のゲームは~」と評価を下してしまいがちですが、実は自分の中に積み重なった経験が、課題に対する新鮮な欲求を削いでいる側面があるのです。
「高品質」と「低品質」のゲームの違い
一方で、「ゲーム側に問題はないのか?」についても考えていきます。
確かにゲーム自体の「質」に問題があるケースも存在します。
「高品質のゲーム」と「低品質のゲーム」を比較して、ゲーム側の問題を深掘りしましょう。
高品質なゲームの条件
まず高品質なゲームとは何か?
それは「プレイヤーが求める報酬に対し、課題の設計が適切であること」が挙げられるでしょう。
優れたゲームは、課題の出し方が巧妙です。
難しすぎず、易しすぎず、絶妙なバランスでプレイヤーのやる気や欲求を引き出し、適切な報酬を与えるのです。
また、中身だけでなく「課題の外側」も凝った作りになっています。
「課題の外側」とは、例えばストーリー、キャラクター、BGM、世界観設定など、ゲーム性には直接かかわらない部分です。
しかし、課題に挑む動機を強力にバックアップする重要な要素なのです。
課題と外側の両方に創意工夫が施されている作品ほど、「高品質」と言っていいでしょう。
低品質なゲームの条件
逆に、以下のような要素を持つゲームは「低品質」と言わざるを得ません。
例えば、
- 理不尽な難易度や、単調すぎる不安定なゲームバランス
- 広大なマップがあるだけで、出来ることが少ないオープンワールド
- 不親切なUIや進行不能になるバグの放置
また、「キャラクターや物語は良いが、肝心の課題が微妙」という作品も、ゲームとしての品質が低いと言えます。
それならばアニメや漫画で十分であり、ゲームにする必要がないからです。
確かにこうした低品質なゲームを掴まされれば、「つまらない」と感じるのも無理はない事かもしれません。
品質よりも大切な「目的意識」との合致
ただし、ここで注意したいのは「高品質=絶対に面白い」とは限らないという点です。
どんなにクソゲーと評される作品でも、それをあえて楽しむ人がいます。
一方で、世界的な神ゲーであっても、全くハマらない人もいます。
ムービーゲーと言って批判されるようなゲームはあっても、忙しい現代プレイヤーの負担が減らせるという、むしろ親切設計とも取れるのです。
確かに「(自分にとっては)つまらないゲーム」は存在します。
しかし、大切なのは自分の「満たしたい欲求」と、ゲームが提供する「課題の質」が一致しているかどうかです。
問題の本質は、課題と欲求の一致と不一致
もし「ストーリーを重視する人」であれば、ゲーム性はどうでもよくなるという逆転現象も起こりえます。
その一方で、ゲームがしたいのにストーリー重視ならば「ガッカリゲー」という評価になるでしょう。
この不一致こそが「つまらなさ」の原因であり、逆に一致さえすれば「自分にとっては神ゲー」となるという事です。
つまり、問題の本質は「最近のゲームがつまらない」のではなく、ゲーム側とプレイヤーの需要と供給の不一致でしかないという事です。
最近のゲームシーンとどう向き合うべきか
「ゲームがつまらない」というのは、言い換えれば「自分に合うゲームが見つからない」という事です。
最近のゲームだとしても、自分に合うゲームがあるならば「面白い」と感じるはずですから。
では、なぜ昔は楽しかったのに「今は見つからない」のでしょうか?
その原因の1つは、昔よりもゲームが増えすぎて「自分に合う1本」に出会う確率が相対的に下がっている、という事にあるでしょう。
膨大な作品の中から、たまたま1本のゲームをプレイしたからと言って、当たりが引けるとは限りません。
そうした玉石混合の交じり合う環境が、「合うゲームが見つからない」と感じさせる要因になっているのです。
インディーゲームに眠る可能性
ゲームが多すぎるのは、ある意味贅沢な問題です。
ただし、見方を変えれば「ゲーム業界が停滞しているわけではない」という事になります。
近年はインディーゲームを中心に、尖った発想や独自の課題を持った作品が次々と世に出ているのは事実です。
万人受けはしなくても、「自分だけに刺さる」ような濃密な体験を提供してくれるゲームは、むしろ昔より増えていると言えるでしょう。
玉石混交から良いゲームを選ぶ方法
問題はそれらのゲームの選び方・探し方にあります。
膨大な数のゲームの中から、外れを引かずに自分に合うものを見つけるには、自発的な「情報収集」が欠かせません。
例えば、
- ネットのレビューや評価サイトを活用して判断材料にする
- ファミ通.comなどの専門メディアで、自分の好みに近いジャンルを深掘りする
- 体験版などを活用し、課題の感触が自分に合うか事前に確かめる
「自動的に好きなゲームの情報が自分の元に送られてくる」、なんていう都合のいい事はまずありません。
子供の頃はゲームショップに足しげく通ったり、雑誌などの情報に多く触れたりしていたからこそ、「面白いゲーム」を見つけられたのではないでしょうか?
それは大人になっても同様であり、主体的に「ゲームの情報」を探さなければ「面白そうなゲーム」は見つからないのです。
その情報収集を「面倒だ」と捉えるか、「自分に合う1本を探すチャンス」と捉えるか。
そんな姿勢の違いが、ゲームを再び楽しめるかどうかの分かれ道になるでしょう。
自分の中の「求める課題」が変わった可能性
さらに考慮すべきは、年齢や環境の変化によって、自分自身が求める課題の質が変わった可能性がある事です。
子供の頃は「単純な反射神経を要する課題」に熱中できても、大人になった今は「深い戦略性」や「物語を通じた精神的な報酬」を求めているのかもしれません。
今の自分が「どんな達成感なら心地よいと感じるか」を再定義することは、新しいゲーム体験への第一歩となります。
新しいジャンルへの挑戦がマンネリを打破する
また、もしマンネリ感に悩んでいるのであれば、あえて「今まで避けてきたジャンル」や「未知の課題」に挑戦してみることをおすすめします。
長年同じようなゲームを遊んでいれば、既視感によって新鮮さや驚きを感じにくくなるのは当然でしょう。
しかし全く異なるルールのゲームに飛び込むことは、今までにない刺激となり、マンネリを打破するきっかけになります。
先入観を捨てて新しいジャンルに触れた時、かつてのようなワクワク感が蘇る可能性も十分にあるのです。
結論:自分の欲求を分析することから始めよう
もし「面白いゲームがない」と感じているなら、それは探す順番が逆かもしれません。
まずは自分自身の「自己分析」の方が優先となります。
- 自分はどんな課題に燃え、どんな達成感を求めているのか。
- それを掴んだ上で、適切な課題を提供してくれそうなゲームを自発的に探す。
それが、現代のゲームを楽しむための最適解ではないでしょうか。
それすらも面倒であれば、わざわざゲームこだわる必要もありません。
能動的な趣味であれば、スポーツなどのアウトドアでもいいですし、部屋の掃除をする事も十分な気分転換になるでしょう。
ただ、ゲームは今も昔も、日常では味わえない掛け替えのない経験をもたらしてくれる最高の装置だと僕は思います。
その可能性を信じ、自分だけの「当たり」を探す事を楽しみにすれば、「やっぱりゲームは面白い!」と言えるのではないでしょうか。
ゲームに対する考察記事
以上で今回の考察は終わりとなりますが、さらに視点を変えて考えた事があります。
それは「大人になるとゲームがつまらなくなるのか?」という疑問です。
そんな疑問を深掘りし、問題の原因と解決策を考えてみました。
子供の頃とは違う楽しみ方を見つけるためのヒントにしてみてください。
なぜ大人になるとゲームがつまらなくなるのか?│3つの理由と解決策の考察
ちなみに僕は30歳を超えてますが、「Slay the Spire(スレイザスパイア)」 というインディーゲームに一時期ハマってました。

















