「子供の頃はハマっていたのに、今はつまらないと感じる。」
大人になるにつれ、ゲームに対してそんな感覚を持つようになった人は少なくないと思います。
それは自分に原因があるのか、それとも最近のゲームがつまらなくなった事に原因があるのか?
今回は「大人になるとゲームがつまらなくなる理由」を、自分自身の変化という視点から深掘りし、その解決策を考察しました。
Contents
ゲームとは「能動的」な体験である
まず、ゲームが他の趣味とは違う特徴がある事を押さえておきましょう。
例えば映画などは、スクリーンを「ただ見ているだけ」で物語が進行します。
いわば「受動的な娯楽」であり、そこには鑑賞者の努力や試行錯誤は介在しません。
一方、ゲームは常に「能動的な目的」を必要とするメディアです。
操作を覚え、状況を判断し、失敗を繰り返しながら自らの手で先へ進む。
この「自分が動かなければ何も始まらない」というプロセスそのものが、ゲームの本質なのです。
大人になるとゲームがつまらなくなる3つの理由
子供の頃を振り返ると、理由もなく、無条件でゲームが楽しかったはずです。
では、なぜ大人になるとゲームがつまらなくなるのでしょうか?
それは、大人になると「能動的に取り組むこと」自体が、大きな負担としてのしかかるからです。
普段から仕事や家庭で日々あらゆる決断を迫られ、課題に追われている大人が、「家でも能動的に活動する気力」が果たして残っているのか?
映画を見るにしても「多すぎる中から選ぶ」事すらも面倒臭く感じる事もあるはずです。
そのため、体を休ませたい時は、より簡単な娯楽が必要になるでしょう。
よって、日ごろの「能動的な活動」に疲れた結果、「受動的な娯楽」の方を優先させるようになるのです。
これが1つ目の理由です。
大人になると「見返り」のない努力が苦しくなる
2つ目の理由は「見返り」の変化にあります。
大人が能動的に動くのはどんな時でしょうか?
それは、「意味」や「意義」などの見返りがある時がほとんどです。
例えば仕事、資格取得、家庭、人間関係の構築など、様々な能動的な取り組みは、全て見返りがあるからでしょう。
社会的な意義や周囲からの承認、あるいは収入といった目に見える見返りに直結するのです。
一方、ゲームをクリアしたことで得られるのは基本的に「自己満足」でしかありません。
いくらゲーム内で成功したとしても、現実世界に反映されることは少なく、データ上の数値が変わるだけ。
プロや配信者でもない限り、具体的な見返りをゲームから得る事は出来ないでしょう。
もちろん、子供であればその自己満足だけで十分な報酬でしたが、大人はそうもいかないのです。
その結果、ゲームに対しても無意識にこう自問自答してしまうのです。
「このゲームに時間を費やして、現実の自分に何が残るのか?」
「貴重なエネルギーを使う価値はあるのだろうか?」
社会的に評価される取り組みの方が「得」が多いと知っているからこそ、自己満足で終わるゲームへの能動性が失われていく・・・。
これが大人のゲーム離れの理由2つめです。
時間的・精神的な「余裕」の喪失
3つ目の理由は、単純にゲームに割く時間がない事です。
精神的な余裕もさることながら、時間的な余裕の減少も深刻です。
ゲームはクリアまでに時間を要するものなので、能動的に楽しむには、相応の時間を投資する必要があります。
映画やドラマを見て損したと思ってもせいぜい1~2時間程度のロスですが、ゲームならそうはいかないのです。
もちろん時間の有り余る子供にとっては、失敗して数時間を無駄にしても大きな痛手ではないでしょう。
しかし、限られた自由時間の中で生きる大人にとって、ゲーム内での失敗や「面白くない作品を掴まされること」は、取り返しのつかない時間的損失というリスクになります。
限りある時間の中での選択を迫られるため、能動性を求められるゲームは「リスクを取りつつ、それでもやる気がある人向け」という、ハードルの高い娯楽になってしまうのです。
ついつい受動的なSNSやYouTubeに手が伸びてしまうのは、失敗のリスクが低く、エネルギーを使わずに済むからだと思われます。
大人が再びゲームを楽しむための3つの解決案
では大人になると、もう二度とゲームを楽しむことが出来ないのでしょうか?
実はそんなことはありません。
ゲームへの興味が消えないのであれば、今の自分に合わせた「遊び方の再定義」を行ってプレイすれば遊ぶことはできるでしょう。
具体的には以下の3つです。
1. 能動的な娯楽に対する余裕を肯定する
「時間の無駄」「役に立たない」という罪悪感を捨て、リフレッシュのための投資として肯定するのです。
社会的に役に立つことばかりしていては、かえって疲れが溜まり能率が下がります。
息抜きとして没頭する時間は、また明日を頑張るための大切な活力になるはずです。
無理にゲームのクリアを目的にするのではなく「雰囲気に浸る」「育成に没頭する」などの細かい目的を自分で作る事もオススメです。
2. アウトプットで「見返り」を作る
「自己満足」に罪悪感を感じる場合は、プレイした経験を外に発信してみるのがおすすめです。
例えばブログでの攻略や感想の記事執筆、SNSでの感想共有、YouTubeでの動画配信が挙げられます。
これらは「他人との関わり」や「誰かの役に立つ」という現実的な報酬に変換する事が出来るはずです。
もちろん、それはそれでハードルは高いかもしれませんが、「他人との共有」をベースにすると、社会的な欲求は満たされるでしょう。
3. 今の自分に合うものを自発的に探す
かつてのように「何でも楽しめる」わけではないからこそ、自分の趣味嗜好を深掘りするのも手です。
流行のゲームに合わせるのではなく、自分がどんな体験を求めているのかを改めて考えてみるのもいいです。
例えば「スカっとしたい」と思うなら無双系、「ちょっと頭を使いたい」ならばパズルなど、自分の求める用途に合わせてゲームを選ぶことが重要です。
「昔の思い出に浸りたい」という場合は、リメイク作などを積極的に探しても良いでしょう。
ゲームが自動的に「楽しませてくれる」のではなく「自分が楽しいと思うゲームを探す」という一手間をかけるだけで、向き合い方も変わって来ると思います。
もちろん、そのための情報収取は欠かせず、やはり能動性が求められる事には変りません。
もちろん、これはゲームだけの娯楽に限らず、大切なのは「主体性」であり、自分が求めている事をする事がベストなのです。
「今はゲームでない」と思うならば、他の趣味を見つけるチャンスなのかもしれません。
最後に:ゲームは主体的に遊ぶ!
「大人になった事が悪い」わけではなく、「大人だからこその楽しみ方」を味わうためには、主体的である事が重要です。
ゲームが悪いわけでもないですし、「意味のないもの」として悪者にする必要はありません。
目的もなくSNSや動画を眺めて時間を溶かすのも、「意味のなさ」で言えば同じことでしょう。
大切なのは、自分の中に「何を楽しみたいか」という目的があるかどうかです。
ゲームがもたらしてくれる非日常の経験は、決して無価値ではないと僕は思っています。
もちろん、楽しみたい事がゲーム以外にあるのであれば、当然そちらを優先した方が良いでしょう。
ゲームに関する考察記事
自分自身の変化だけでなく、近年のゲームの「質」や「仕組み」そのものが自分に合っているか知りたい方は、こちらの考察も併せてご覧ください。
「最近のゲームはつまらないのか」という疑問の本質と答えを出してみました。
▶最近のゲームがつまらない?自分に合う1本を見つける方法について


















