「○○してあげる」という言葉。
そこには否定的なニュアンスがあるので、上から目線になるのではないかという考察をしてきます。
「してあげる」に含まれる上から目線なニュアンスとは
そもそも「してあげる」という言葉はどんな時に使われるのか?
それは、誰かに何かを「施す」際に使われるといえるでしょう。
例えば、教えてあげるとか、家事や仕事を代わりにやってあげるとか、そういう場面です。
では、施すとは何かといえば「恵まれない人に物質的な援助を与える。」とか「あわれみの気持ちで、人が困っている状態を助けるような行為」という意味合いとなります。
つまり「相手が恵まれていない」という状況が想定されているわけです。
そんな風に「相手を下に見る」というニュアンスがあるからこそ「上から目線」と取られる可能性が高いというわけです。
上の立場である「先生に教えてあげる」とか、「上司のためにやってあげる」とは言いませんからね。
自分が良ければそれでよい?
もちろん「してあげる」という言葉を使うかどうかはその人次第です。
「文法的には正しいから」とか「言葉狩りだ!」と言われてしまうならば、それまでですから。
ただ、重要なのは受け取り側次第ではないでしょうか。
言葉とは相手の事を考えて使い分けるのが基本なので、受け取る人が不快だと思うならば控えればいいと思われます。
実際、目上の人やお客様に対して「私が○○してあげます。」などという社会人はまずいないでしょう。
一般的には「(ご連絡などを)差し上げます」という謙譲語を使うのがビジネスマナーなのです。
それなのに、ビジネス以外の場面で「してあげる」という言葉が出てくるのは、無意識的に「相手を下に見ているから」こそだと思われます。
「○○してあげる」の代わりになる言葉
相手を対等に見ている人は「してあげる」という言葉を使いません。
対等な人に向けて使うのは「(自分が)やりますよ」とか「(自分が)代わるよ」といった言葉です。
主語を「相手のために」ではなく、「自分が○○したいから」という自分の主体的な意思があるかないかで大きく変わるのです。
「相手が可愛そうだから」とか「自分はしたくないけど仕方なくやる」という気持ちがあると、上下関係や束縛などがあり、対等な関係とは言いづらいです。
それに「してあげる」という言葉には「恩を着せる」というニュアンスも含まれ、しかも一方的なのです。
ご機嫌取りのためだったり、恩着せがましく親切にしたとしても、相手が本当に喜ぶかは疑問と言えます。
そうではなく「自分がしたい事をさせてもらう」という相手への敬意が重要なのではないでしょうか。
結局は「自分がしたいからする事」なのに、さも「相手のために」といって目的をすり替えるのはいかがなものかという話です。
つまり、これはただの「言葉」の問題ではなく、相手との向き合い方の問題なのです。
「一方的」で独善的なコミュニケーションを取ろうとするからこそ、上から目線と思われる原因になるのでしょう。
それに「自分がしたい事」であればいちいち「してあげる」ではなくて「すでにさせてもらった」で済む話でもあります。
分からない事があれば「○○しておくけどいい?」と言った確認程度でもいいわけです。
まとめ 対等な関係に上下関係を持ち込まない方がいい?
上の立場には敬語を使い、下の立場には強い言葉を使う。
そういう方もいらっしゃるでしょう。
もちろん、縦社会など上下関係の厳しい環境ならば、それも仕方ないかもしれません。
(やや時代遅れ感はありますけど。)
けれど、もし相手が「自分と対等な関係を築きたい」と思ってくれているならば、その立ち振る舞いもまた見直す機会にもなるのではないでしょうか。
特に友人関係、恋人や家族など、「対等」でいられる人に上下関係を持ち込むと、その関係を継続するのは難しいのではないかと思います。
言葉は発する方にも受け取る方にも、それぞれ捉え方が違うからこそ齟齬が生まれます。
信頼関係を築きたいと思うのであれば、自分が主体になりつつも、相手の言い分もしっかりと聴く事が求められるのではないでしょうか。
というわけで、今回はおしまいとなります。
みなさまの何らかのご参考になれば幸いです。