僕は以前、バイナリーオプションにまつわる記事を書きました。
その際、バイナリーオプションはギャンブルである事を前提にお話ししました。
その時の僕は、株式投資はギャンブルではなく投資だと思っていました。
しかし、現在は投資と呼ばれるものは、大抵ギャンブルであると思うようになりました。
今回は、その理由について書いていこうと思います。
株式投資はギャンブルなのか?
僕は、株式やベンチャーキャピタルや、不動産やFXなど、あらゆる投資も含めて「ギャンブル」だと思っています。
その理由は単純で、「未来の事は誰にも分からないから」です。
投資とは、不確定な未来に対し、良くなるか悪くなるかを考え、予想し、お金を賭ける事です。
ポーカーのように、ある程度の役や先の見通しは出来ても、「絶対に勝つ」事はあり得えません。
絶対に勝つ事が予測できないゲームにお金を掛けて挑戦する事を、ギャンブルというのではないでしょうか?
投資はギャンブルではないという反論について
そんな事を言うと、「長期的なお金のやり取りだから投資」みたいに解説している人もいますが、それは「長期的な賭け事」と言い換えても同じです。
また、「企業の成長につれ参加者が全員得するかもしれない」という意見や、「いきなり資金がゼロにはならないから投資だ」という意見もあります。
けれど、そういう「プラスサムゲームだから儲かる!」というのはただの理想であり、「必ず儲かる」とは限りません。
なぜなら株式は「売買できる」ことが前提となっているからです。
仮に市場自体は成長したとしても、実際は「売り手と買い手」たちが株価を決めているにすぎないのです。
その結果、いずれは高値掴みする人が出てきて、「得する人損する人」が必ず出てくるのです。
もちろん、株保有者全員が一切売らず、インカムゲインだけを狙い、なおかつ企業が成長して株式を発行し続ければ、プラスサムゲームで全員が儲かるという図式は出来ます。
しかし、そんな事は、現実ではまずありえませんし、実例なんてどこにもありません。
つまり、売買が行われる以上、高値を掴んで「負ける人」が必ず存在していることが前提となります。
たとえ自分だけが保有し続けたとしても、他の人間が売買したら、勝手に株価が下がる事もあるのです。
そんな風に金銭を賭けて、誰が勝って、誰が負けるかを競い合うという点で、僕は「ギャンブル」だと考えているのです。
また、いきなり資金がゼロにならないから投資、というのはどういう事でしょうか。
実を言うと、僕も最初はそう思っていました。
しかし、ゼロにならなくても、「株価が下がるリスク」は常に存在しています。
ギャンブルだって、常に「全財産賭ける」訳ではありませんし、パチンコのように少額で行われるものもあるわけです。
仮に10万円株を買って、1万円損したとします。
その1万円分でパチンコをやって損するのと、何が違うのでしょうか。
ゼロにならなくても、お金を失うリスクがあるという事はまぎれもない事実です。
そのリスクが高いものをギャンブル、低いものを投資といっているというだけの話だと僕は思います。
そういう分類の仕方なら分かりますが、リスクで言えば株の方が高い事もあります。
例えば、信用二階建て、空売り、オプション、先物…
リスク高い買い方は多数存在しているのです。
さらに、倒産寸前の株式の売買までされている現状を見ると、ゲーム感覚だったり、ギャンブルとして楽しんでいるようにしか思えません。
また、通常の取引で買った株を長期で保有するにしても、大暴落するリスクもあるわけで、バブル崩壊やリーマンショックのように、市場や経済がめちゃめちゃなったら大打撃を喰らいます。
ですので「リスクが低いから投資」という理屈は通らないのです。
実は人生自体もギャンブル?
ただし、僕はギャンブルだからダメだとか、投資を否定しているわけではありません。
ギャンブルというのは別に、投資に限った話ではないからです。
なぜなら、「人生」そのものもギャンブルだと僕は考えているからです。
というのも、例えば親ガチャと言われるように、僕たちは生まれる場所も時代もランダムです。
また、周囲の環境や持って生まれた能力などは「運」と言ってもいいでしょう。
そんな不確定な要素を持ちながらも、より不確定な「未来」に向かって、僕たちは進んでいきます。
その中で、必死に努力しても成果が実るかどうかも分からないですし、夢も本当に叶うかなんて分かりません。
また、理想の相手と出会ったり、結婚できるかどうかとか、どんな仕事に就けるとか、人生とは予測不能の事態の連続です。
それを「ギャンブル」と言わず、何というのでしょうか。
もちろん、これはあくまで僕の人生観の話ではありますが、「すべて100%思い通りになる人生」が存在しない限り、様々な場面で運は絡むと思っています。
そんな運に左右される以上、僕は「大抵の事はギャンブル」だと思っているのです。
投資=ギャンブルという見方について
では、僕は今回なぜ株式を持ち出して、わざわざ「ギャンブル」と言い切りたかったのか。
それは、株式の良い面ばかりを見て、
「これはギャンブルじゃなくて投資。」
「だから有意義なんだ!」
などといって、正当化する事への危機感を持ったからです。
世の中(主にネット)では「株式の正当性」を訴え、他人に勧める人は後を絶ちません。
(そうやって初心者を集めて、株式に参加させることでお金を得る人がいるからです。)
僕自身もそういう言葉に唆され、「投資」という言葉に対して「ギャンブルじゃないから…」と、どこか安心感を抱いていました。
しかし、改めて考えてみると、何をもって安心なのか全く謎です。
結局は枕詞に「ギャンブルよりは…」と付いている時点で、言い訳なのです。
本当により安全を期待するなら、「金」を買ったり、国債を買った方がまだ安定した投資といえます。
けれど、あえて「株式」を選ぶという事は、どこかしらに「楽して儲けたい」という欲が働いているのではないでしょうか。
なぜなら、金は配当もなければ利息も生みませんし、何より現物を買うという手間があります。
国債は利回りが極めて低く、収益性が高くはありません。
どれを買っても同じ「投資」なのに、「もっと儲けたい」という欲があるからこそ、株式に手を出してしまうのでしょうか。
しかし、リターンが多いということは、その分リスクがあるという事の裏返しでもあります。
ところが、「投資=ギャンブルより安心」という言い訳をすることによって、そのリスクを軽く捉えてしまう事が危険だと、僕は思うようになったのです。
僕の知る限り、「ギャンブルは嫌いだ!」という人でも「投資ならちゃんとしてるから大丈夫」と言いながら株やFXで損する人もいました。
また、ポンジスキームのような詐欺を働く人も世の中にはいくらでもいます。
そういう意味では、ギャンブル並みにたちが悪い面があるとさえ思います。
先ほどの「プラスサムゲームだから大丈夫」とか、「ゼロになることはない」というのも一理あるかもしれませんが、「具体的な危険性への説明が不足している場合」には不信感を抱くのです。
仮に「投資はギャンブルじゃない!」という意見が正解だとしても、「ギャンブルじゃないのに損失が出る事の恐ろしさ」を理解しておくことに越してことはありません。
ゼロにはならないにしろ、大切に貯めたお金が減るというのは、誰でも精神的に苦痛を覚えると思います。
ですので「投資はギャンブルである」という考え方も、頭に入れておいた方がいいのではないかと思うのです。
心のスキマ…お埋めします という誘惑
それでも「ギャンブルじゃない!投資だ!!」と頭ごなしに否定する人がいれば、その人を疑った方がいいかもしれません。
それこそ「投資」と言い張ることで、何か後ろめたいことを「正当化」しているようにも見えるからです。
相手に、高値掴みさせた事に対する罪悪感から来ているのでしょうか。
はたまた、「投資はギャンブルじゃないから」と他人に勧めて仲介手数料を得るためでしょうか?
どちらにしろ、「お金がもっと欲しい!」と思ってしまうと、その「心のスキマ」を狙った人がたくさん集まってくる恐怖を僕は味わった経験があります。
その先にあるのは、藤子不二雄A氏の作品で「笑ゥせぇるすまん」のオチである「ドーン!!」ような結末なのかもしれません。
そういう人たちに乗せられないように、お互い気をつけましょう!というのが今回の趣旨なのです。
そのためにも、「ギャンブル」という意識を持つことや、実際にある有名な詐欺の手法なんかも覚えておく事で、自己防衛になると思います。
金融商品詐欺(外部リンク)
ポンジ・スキーム外部リンク)
大げさでもなんでもなく、詐欺とは他人事ではありません。
ネットやSNSでは、自称○○億円を達成した投資家やらトレーダーというのがわんさかいたりしますが、中には怪しい情報商材やもまぎれているやもしれません。
もちろん、もしかしたら中には「本物のプロ」もいるかもしれませんので、一概に嘘とは言えませんが。
それに、もし僕に投資の才能があったら、そんな個人投資家の道に進みたかったな、とも思います。
けれど、僕がこの記事を本当の理由としては、僕自身が投資には向いていなかったという負け惜しみでもあったりするのです。
最後はその辺のお話をして、終わらせていただきたいと思います。
投資はギャンブルなのか 最後に
さて、かくいう僕は、以前は「投資に興味ある俺、意識高くてカッコいい!」などと思って、得意げに経済ニュースなんかをかじっていました。
また、「なんでみんな投資しないの?」みたいな非常に痛い時期もありました。
ただ、何度かチャレンジしてみた結果、僕には株式で大きく稼ぐ才能がなかったという事を、ようやく自覚できたというところです。
もし、その才能を開花させられる方であれば、こんな僕の意見などとうに無視されていることでしょう。
結局、人によっては「得意なギャンブル」「不得意なギャンブル」がそれぞれあるのだと思います。
不得意だと分かったことに対し、いつまでも執着する必要はないはずです。
ただ、さまざまなギャンブルについても詳しくなっておくに越したことはありません。
ですので、株式の勉強はこれからもちょくちょく続けていきたいとは思っています。
リターンは低くても、リスクの低い運用方法もあるわけですし、「ギャンブルだからダメ」とは僕みじんも思ってはいません。
ただ、自分がどの程度のリスクを負えるかということを考え、他人に流されずに見極めることがなによりも大切ではないかと思っています。
というわけで、今回のお話は以上となります。
少しでも皆様のご参考になれば幸いです。