ジャガーンを最終巻まで読んだ感想 (ネタバレあり)

ジャガーン

今回は漫画の「ジャガーン」を全巻(14巻まで)読んだ感想です。

共感できる点と、いまいちだった点をまとめました。

 

共感できる点①「人生がつまらない」と感じるところ

「人生がつまらない」

僕もかつては高校生のころ、蛇ヶ崎と同じようなことを考えていました。

就職が出来て、彼女とかも出来れば、多少は安泰と言えるでしょう。

けれど、そのあと待っているのは「そこそこの幸せと死」であり、「それだけ」で終わるのです。

もちろん、そうした人生が歩めることも贅沢ですし、ありがたいことではあります。

 

けれど、漫画や映画もそうですが、「先読みが出来てしまう」というのは、本当につまらないです。

「この先どうなるんだろうか!?」という期待があってこそ、続きを見るのが楽しいのです。

人生において「だいたいこんな感じだろう」などと予測がつくようなら、何のために生きているというのでしょうか。

 

今作ではその答えとして、「欲望を持つ」という事が語られています。

つまらないと思うのではなく、何か欲望を持った方が張り合いが出る、だからもっと「我儘になろうぜ!!」というメッセージが込められていました。

そこには共感も出来ますし、同意見です。

 

「おもしろきこともなき世を面白く すみなしものは心なりけり」というやつですね。

 

ただし、現実世界で欲望を全開放すれば、「ヤベーヤツ(懐人)」と認定される危険性も当然あるわけで、多少の分別は求められますがね。

 

共感できる点② 彼女がいればそれでよし!

もう1つ共感できる点がありました。

それは、結局のところ「彼女(好きだと思える人)がいればそれでよし!」という点です。

 

自分を「一般的な男性」だと自覚する人のほとんどは「女の子の存在そのものが生きる活力」だと僕は思い込んでいます。

逆に言えば、人生ってそれくらいしか楽しいことないんじゃないかくらいに思ってます。

 

この漫画においても、色々悩みや葛藤があったのにも関わらず、最終的には「女の子最高!」という、至極単純な結末に至ったように見えます。

 

もちろん、僕もご多分に漏れず「女性」という存在に救わているので、まったくもって同意見です。

僕も思春期にあれこれ悩んだ口ですが、ふたを開けてみれば「彼女が欲しい」とか、その程度のものでした。

 

かといって、常に一方的だったロバちゃんのやり方では、本当に満たされることはなのでしょう。

彼が死ぬ寸前に浮かんだのは、幸せだと感じられたのは好きな人と一緒にいられた時間でした。

どういう形であれ、お互いが欲望を満たし、満たされる関係が、素晴らしいんじゃないかと。

 

ただし、残念なのは、必ずしも自分の思い通りに行くわけじゃない、という所ですね。

好きな人と結ばれたり、自分の欲望が常に満たされるような、甘い世界ではないのです。

それを「呪い」と表現されていたのも、言いえて妙な気がします。

それゆえ、欲望に向き合うの事にも苦痛が伴うわけであり、かといって無欲を装うと「つまらなくなる」というわけで…。

うーん、悩み嘆かずにはいられない、人生の悲哀ですわ。(達観したフリ)

 

・・・というわけで、以上が共感できた点です。

続いては「いまいちだった点」にも触れておこうと思います。

 

いまいちな点①「能力」という言葉を使わないで欲しかった

この漫画の武器であり最大魅力は「欲望が具現化」される事だと僕は解釈しています。

「笑ゥせぇるすマン」のバトル漫画バージョンとでも言いますか。(喪黒福造にあたるのは散春。)

よくある金・名誉・権力のような欲望だけでなく、「正義」という一見キレイな欲望が堕ちていく様を描いたのは、面白いと感じました。

ボスキャラは、割と高い志を抱いているのですが、それもまた「一個人の欲望に過ぎない」という視点は確かにその通りだなと感じました。

 

それだけに、中盤で「俺の”能力”は~」などというセリフを出された時は、ちょっと萎えました。

そこは「能力」じゃなくて「欲望」って言って欲しかったです。

うすうす、「やっぱりただの能力バトル漫画なのかな…」と、見て見ぬふりをしていたのに、直視させられてしまいました。

 

例えば「欲望」と書いて「のうりょく」というルビを振るなどして欲しかったです。(当て字を多用される漫画なので、違和感はないかと。)

あるいは、「俺の望みは○○だ」みたいな言い回しにするとか。

今後もどんどん増えていくであろう「能力系バトル漫画」というジャンルですから、何らかの差別化は欲しい所でした。

 

いまいちな点② 相棒(主にドクちゃん)の必要性

また、ちょっと気になるのはドクちゃん(毒山田 惨死郎)の存在です。

ドクちゃんは当初、アドバイザー兼、貴重なフンガーボール製造機として必要な存在でした。

彼がいなければ、蛇ヶ崎はすぐに懐人化していた事でしょう。

それに、キチカエルを食することで、成長しそうな片鱗も描かれていました。

しかし、彼の情報の更新頻度は極めて低く、あまりアドバイスもなくなり、フンガーボールの互換品も登場する始末。

 

そうなると脅威だった「懐人化」のリスクとかはほぼどうでもよくなり、「銃を使いすぎるとヤバイ」みたいな制約も自然消滅しました。

それと共に、ドクちゃんの出番は減り、ただのマスコットと化したのが残念でなりません。

 

作中でも寄生獣の「ミギー」の描写がされたように、ドクちゃんもミギーのような優秀で有能なパートーナーになって欲しかったですねぇ…。

(一応、蛇ヶ崎のピンチを救う存在という舞台装置的な役割はありましたが。)

 

ドクちゃん周りにおいては、かなり謎が残されたまま終わったのも残念なポイントです。

そもそも「相棒」とは何だったのか、なぜ「鳥」なのか、なぜ他の半懐人のところにもやってくるのか…?

そして、ドクちゃんたちの本当の目的はなんだったのか…。

 

それはまったく明かされる事がなかったのはちょっと残念でした。

まあ、可愛いからいいですけどね。(思考停止)

 

いまいちな点③ 深そうであまり深くない蛇ヶ崎の悩み

それと、蛇ヶ崎くんの生き様にも触れておきたいところです。

銃の力を持った蛇ヶ崎は「欲望」を模索し続けることになります。

それゆえ、「結局、蛇ヶ崎は何がしたいんだっけ?」と困惑することもしばしば…。

ただこれに関しては、本人も悩んでいたみたいなので、仕方ないですがね。

 

最初は、「恋人を生き返らせるために、自分の命を犠牲にして戦う」という単純な話でした。

しかし、途中からキチガエルの始末が難しくなって、ある意味浮気(?)のような形でベルちゃんと付き合ったりもします。

かといって恋人を蔑ろにはできないし、散春を止めたいし、でもやっぱりベルちゃん好きだし…みたいに思考が変わっていきます。

 

・・・などと、悩める青年風を装っていますが、そこまで複雑な話ではありませんでした。

簡単に言えば蛇ヶ崎の欲望は、「死に場所探し」⇒「懐人をぶっぱなす快楽」⇒「強い自分」⇒「ベルちゃん」へと変化していくだけなのです。

 

順を追ってまとめると、こんな感じです。

「やむを得ず彼女を殺してしまった!!」

「後ろめたいけど、全部の懐人を倒して、俺の命を犠牲にして生き返らせてやる!」

「ベルちゃんの事も好きになったけど、一緒にはいられないんだ…。」

「やっぱり、死ぬまでの間だけでいいから、ベルちゃん付き合って!」

「でも、ベルちゃんと彼女どっちを取ればいいんだ…!?」

「もう悩むのやめた。ベルちゃんを助けて終わりにしよう。」

「死のうと思ったけど、三日土に邪魔された!許さない、復讐だ!!」

「復讐終わって、欲望がなくなった。どうしよう。」

「なんか世界がヤバいことになった。助けたいけどモチベが湧かない…」

「やっぱベルちゃん好きだわ!(逆転勝利)」

「でもやっぱ、刺激が欲しいわ!(おしまい)」

…って、感じですかね。

(決して原作を貶めているわけではないので、悪しからず。)

 

基本的に蛇ヶ崎は、人助けを率先したり、同情したりできる善人です。

けれど、彼の悩みはただ、可愛くてドキっとさせてくれる女子がいれば吹っ飛ぶんです。

紆余曲折はあったものの、最後に出したその答えが、なんだかすべてを物語っていると感じました。

結局、現代の悩める青年の悩みなんてその程度であり、ある意味「等身大」の主人公がそこにいた気がします。

 

また、蛇ヶ崎に限らず、雪丸君と愛理ちゃん(元男性)もそうですね。

彼らも恋することで、お互いが側にいられるという、安らげる居場所を見つけられました。

ロバくんもそうで、好きな子と結ばれていたら、あそこまで暴走はしなかったはずです。

つまり、男子の悩みなんて、本当に好きだと思える彼女がいれば9割は解決するのです。

これ真理(超暴論)。

 

にもかかわらず、蛇ヶ崎がなぜか「ダークヒーロー」扱いされているのが納得いきませんでした。

それよりも息子のために全てを犠牲にした三日土さんや、正義の統治を目指した禊や、友情による復讐劇をもたらしたケムとイモッチの方がダークヒーローやってた気がします。

主人公よりも、敵である半懐人には見ごたえあるエピソードが詰め込まれていて、そのあたりは面白かったです。

 

ですので、もっと同情心を煽るような、半懐人エピソードをどんどん盛り込んでいって、蛇ヶ崎が殺すときにもっと葛藤や後悔をすれば、もっとストーリーに深みが出たような気がします。

 

踏み込んで欲しかった所に、踏み込めないまま終わってしまったという印象でした。

 

いまいちな点④ エピソードがかなり助長的?

あと、丁寧に長く描かれた割には、「そこまで描く必要あった?」というエピソードもちらほら。

特に、ロバちゃん、愛理ちゃんにまつわるものが、とにかく長いです。

 

ロバちゃんは自分勝手にふるまいながら、勝手に後悔して、蛇ヶ崎とほぼ接点のないまま死亡します。

愛理ちゃんも、丁寧に心理描写は描かれるものの、ほとんど流されっぱなしです。

「元・男性である必要あった?」とよく分からないまま進み、最終的にはただの便利要員と化して終わりました。(本人は満足しているみたいですが。)

ケムとイモッチに関しても、読みごたえはあるものの、ありふれた終わり方でした。

であれば、そこまで長くする必要はなかったのではないかと…。(いじめ&復讐のエピソードで、コミックほぼ1冊以上を費やしています。)

 

つまり、「長く過程が描かれた割には、オチとしてあまりインパクトがない」のです。

また、犬っぽい元子役・ワッチーも自然消滅してたこともあり、そのエピソードそのものが必要だったのかという疑問もあります。

 

しかも、彼らはほとんど蛇ヶ崎に大きな影響も与えるわけではなく、「葛藤し悩めるヒーロー」を助長するような存在にはなりえませんでした。

 

僕としては、葛藤と苦悩を乗り越えて成長した蛇ヶ崎と、散春との主張のぶつけ合い&哲学バトルに発展してほしかったなぁと思います。

あと、ロバちゃんがベルちゃんを襲うルートとか(未然で防がれると思われるけれど)、ベルvs愛理vs由麻との三つ巴修羅場ルートとか、そのあたりも期待してたのですがね…。

 

設定やキャラクターは非常に優れているだけあって、どうしても惜しさを感じざるを得ないのです。

ただ、トリプルHあたりの展開とか、三日月さんの裏切りとか、そのあたりは好きでした。

 

ラストの打ち切りっぽい終わり方について

さて、最後になりますが、ラストシーンについても一応触れておきます。

 

意図的なものかもしれませんが「俺たちの闘いは終わらない!」みたいな打ち切りエンド風のオチでした。

話の内容からして、本当の打ち切りではなかったと思いたいです。

(ドクちゃん関連が未消化なので、そこから何か引っ張ってきそうな予感もありましたが…)

 

ただし、どんなオチであれジャガーンにおいて、「ハッピーエンド」はあり得なかったと思います。

その理由としては、「ハッピーエンド」のような先の見える展開こそ、蛇ヶ崎の最も嫌う展開だからです。

すると、残された道は「打ち切りエンド」か「バッドエンド」の二択しかありません。

僕としてはデビルマンのような最高のバッドエンドもちょっと覚悟(期待)していたのですが、そこはまぁ現代の漫画と言いますか。

とはいえ、あまり鬱展開のある漫画ではなかったので、唐突にバッドエンドになっても困るのですけれどね。

 

もし、バッドエンドがあるとするならば、懐人が1体もいなくなった時でしょうか。

平凡な日常が戻ったら、ジャガーンの存在意義もなくなるでしょう。

すると、このまま生きるか、死んで彼女を生き返らせるかの選択が訪れます。(蛇ヶ崎のキチガエルを差し出すことによって。)

恐らく蛇ヶ崎は「退屈な人生」は送らないので、自分の死を選ぶと予想できます。

そして、彼女が生き返っておしまいになるはずです。

 

一方、もし蛇ヶ崎が生きるなら、「つまらない日常と未来」が待ち受けていて、「ぶっぱなしたい…。」という衝動を抱えながらも抑え込む日々が続く…みたいになるしかないでしょう。

それこそが真のバッドエンドになるかと。

ただ、それを読者が求めるのかどうかは謎ですし、別に面白い終わり方とはいえないです。

 

もしくは散春が「懐人のいない世界は面白くない!!」と言いながら、再び何らかの手段で半キチガエルを製造し、延々と戦い続けるかとかですかね。

どう収集付けるんだこれ、っていう話です。

ですので、打ち切り風エンドが最も妥当といえるのです。(断言)

 

というわけで、以上が「ジャガーン」を読んだ感想でした!

いろいろ文句もありましたが、退屈することなく楽しく読むことが出来ました。

この場を借りて、金城宗幸氏・にしだけんすけ氏に感謝させていただきます。

 

ちなみに、今回ご紹介させていただいた漫画が読めるサイトをリンクいたします。

無料試し読みもできますので、ご参考までに。

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